2012年10月09日

わずかな差

先日、あるトークイベントに参加しました。イベント前半がゲストと司会者によるトークで、後半は質疑応答。観客に質問を書いてもらい、ゲストがそれに答えることになっていました。

イベント後半の冒頭、司会者が質問用紙を見ながら「ご質問をたくさんいただいたのですが、時間の関係もありまして全てお答えできないかも知れません。」と説明し始めました。「これ以外にも、事前に質問をたくさんいただいています。ええと、せっかく事前に質問をいただいていますから、そちらの方から採り上げることにしましょうか・・・・(ええと、どうしたらいいかしら)・・・・」と説明しつつ、段取りを考えていらっしゃる様子でした。

そうしたらゲストが「全部答えましょう!どんどん始めましょう!」と助け船を出されて、会場がワーッと盛り上がりました。その後、どんどん質問に答えていったら、結局残り30分ぐらい時間が余ったのです。えっ、もうこれで質問全部なの?という感じでした。

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私にとって、すごく印象的な出来事でした。

実際にやってみないと分からない、そんな場面に遭遇したとき、司会者は「うまくいくだろうか。難しいんじゃなかろうか」と危ぶむところから始めています。そして「うまくいかないかもしれません」と周囲に伝えたり、何か対策を考えることに時間やエネルギーを使いました。その様子は、スタート前から「このレースは勝算が少なそうだ」と見なし、エクスキューズという名のハードルを、スタート地点より手前にいくつか自分で設置しているようにも見えました。

司会者の方はまじめな方なんだろう・・・・と思います。観客のため、進行上の問題ができる限り生じないように心を配ってました。時間内に質問には答えることができましたが、このようなスタートだと「何とか時間に間に合いました」という感じの結果・経験になるだろうと思います。ご本人はホッとするとは思います。

ゲストは、時間内に全て答えられるかどうか分からないけれど「とにかくやってみましょう!やります!」と自分で言い切って全力でやってみました。つまりレースの勝算は計算せず、とにかく「やる!」と自らスタートを切って全力で走ってみた感じです。このスタートだと、(うまくいけば)「やってみたらできた!」という感じの結果・経験になると思います。結局のところ、ゲストはこのように「やってみたらできた!」という人生経験となり得るスタートをいつも選択しているのではないかと思いました。そして実際に、「やってみたらできた!」という経験を日々積み重ねつつ、ご自身の人生を創造しておられるのではないかと思いました。

もちろん、とにかくやってみて失敗する場合もたくさんあると思います。そのときにどう受け止めるかは、また選択ですね。失敗したと見るか、ただ単にそっちじゃなかったと方向転換するか、です。

例えば・・・・「思いがけず質問をたくさんいただいて、すごく嬉しいです!ありがとうございます!時間の関係で全部答えられるかどうか分かりませんが、(ゲスト)さん、ドンドン答えて下さいねー。じゃあ、早速始めます!」といってイベント後半をスタートさせるとします。その後、結局時間切れになったとしても、あまった質問は「それは答えなくても良かった質問だ」と受け止めることもできます。だって全ては必然だから。起きることはすべて正しいから。そういう選択もあり得ます。

生きるとは選択し続けること。
今ここでどのような選択をすれば、その先で得られる人生経験がより意味深くなるか。

実にわずかな差なのだと思います。その人にとっての正解はその人の中にあるけれど、このわずかな差が長時間積み重なると、すごい差になるんだろうなぁと思いました。そして、この出来事が何より印象深かったということは、私にとって意味があると感じました。私はこれまでどのような選択してきただろうか・・・・。意味深い示唆をいただいた気持ちです。ありがとうございました。
posted by 加藤まや at 13:40| 日記 | 更新情報をチェックする